彦九郎山河

彦九郎山河

彦九郎山河


義母が通院している病院への道中、「高山彦九郎最中」と書かれた和菓子屋の看板があり、ここを通るたびにかなり気になっていた。
高山彦九郎といえば、明治維新の原動力である尊王攘夷思想の先駆者ともいえる人物。軍事政権である江戸幕府を否定し、天皇による文治政治を実現することを悲願としていた。京都三条大橋のそばにある、京都御所に向かってひれ伏す銅像は有名で、幕末の志士たちのカリスマとなった人物であるということは知っていたが、そのエキセントリックなイメージ以外に知識はなかった。


上記の和菓子屋は群馬県太田市にある。維新後あるいは第二次世界大戦前あたりに、一躍郷土が生んだ英雄としてまつりあげられたと思われるが、生存中、生まれ故郷は彼に冷たかった。
狂信的な思想を持つ彦九郎は実の兄から嫌悪され、追い出されるように故郷をあとした。妻とは離縁し、ほぼ全国を行脚した末一度も故郷の土を踏むことなく遥か九州の地で精神的な病を発症し亡くなった。
この小説は江戸から東北を経て九州に至る旅の過程での各地の同志との交流を中心に描かれている。おそらく残されている膨大な文書を隈なく調べ上げ、忠実に彦九郎の軌跡を記したと思われる。取り立てて派手なエピソードがあるわけでもないが、生々しいまでの感情の揺れ動きの表現に等身大の彦九郎を感じる。
これぞ吉村昭文学の醍醐味、という感じ。