黒船

黒船

黒船

ペリー艦隊が来航した際に、主席通詞として緊迫の外交折衝の要として活躍し、のちに日本初の本格的な英和辞書を編纂した堀達之助の生涯を描いている。
物語は、ペリー艦隊の出現と、浦賀詰となっていた堀が異国船との折衝に立ち会うことになる場面からいきなり始まる。
通詞の家系としては名門の家に生まれ、長崎でオランダ書の和訳を主な仕事にしていた堀は、元来政治的な駆け引きとは無縁の学者肌の性格で、アメリカ艦隊の士官や、その後4年もの間入牢する原因ともなるドイツ人との接し方は、読んでいるこっちの方がハラハラしてしまう。
自分が犯した罪(現代から思えばたいしたことではないのだが)によって、どんな制裁を受けるか、やせ衰えるほど脅え苦悩する堀の姿は、職業選択の自由を許されている現代の我々の目にはただの小心者に映るかもしれない。しかし身分制度や家制度による拘束の中で与えられた極めて狭いテリトリーの中で、その職務を全うし、より高いスキルを目指す姿勢は、地味ではあるが「美しい日本人」の一つの形であるように思える。


吉村氏はすい臓がんを患い、今年の7月自らカテーテルを引き抜き「死ぬよ」と長女に告げまもなく亡くなられた。
この尊厳死に関するニュースを目にした方は多いと思う。
吉村氏の書く文章は、史料に基づき忠実に時系列に沿って書いておられるので、良質なドキュメンタリーとしても非常に好感が持てる。過剰な感情移入もなく淡々としているのに、堀の焦りや憤りがその体温と共に蘇るような気がしてくる。
自らの死に対しても厳格な態度で臨まれた吉村氏の凛としたたたずまいが文章にも反映されているような気がする。