昭和48年

デイケアの送迎車を待っている父が、飾り棚の上にある箱を降ろしておいてくれと言った。
父がでかけたあと、その古ぼけた埃のかぶった箱を下ろした。片付ける=捨てるというポリシーを持つ父なので、父の家にある古いものといったらどうしても捨てられない思い出の品くらいしかない。

案の定、そのビニールに包まれた紙箱の中身は古い年賀状や写真だった。
しばし思い出に浸りつつ、中を探ってみると私の小学校や中学のときの文集も入っていた。
さらに一番下に小学校のときのノートを発見。「国語ノート」とかかれているにもかかわらず、光合成がどうのこうのとか、算数の問題も書いてある。途中空白のページもあったり、とても非能率的なノートの使い方をしている。
あの頃から性格ちっとも変わってないや。>自分^^;


その中に、作文の下書きらしきものが書いてあった。
小倉から鹿児島へ引っ越した日のことが綴ってあったので、おそらく小学校5年のときのものだと推測した。
誤字脱字があったものの、情景が目の前に浮かんでくるような文章で、なかなかの文才じゃないかと30年前の自分を褒めてみた。
そういえば担任の先生に褒めちぎられた覚えがある。もっと読書をしなさいと、わざわざ自宅まで本を持ってきてくれたこともあった。当時はそんな先生がウザくてしょうがなかった私。なんて罰当たりなガキだったんだろう。


小学校の卒業文集には、将来童話作家になりたいと書かれていた。当時の私が本気でそんなこと思ってたわけではないと思う。でも、然るべき努力を続けていれば、抱いていた夢の一つでも実現できたろうに。


30年前の自分に説教したい。
ていうか私が育てたい。w